
母方の祖母はかわった人だった。
他人にさほど興味を持てないわたしの性格は、まるっきり祖母譲り。かといって自分以外を愛せないというわけでも優しくないわけでもなく、世間一般がイメージする「孫ラブばあちゃん」と比較するとクールでドライというだけ。
常なほど過干渉で、たとえ家族であっても「敵か味方か」でしか相手を見られない母に苦しめられてきたわたしと弟は、涼しげに愛してくれる風通しのいい祖母が心地よくて大好きだった。
祖母の長女であるわたしの母はいわゆる毒母。
祖母だけでなく祖父も愛情深い人で、叔母も楽しくて良い人だったから、たまたま「劣悪なバグ」が誕生したのだと思うことにしている。
でも、今ならすこしなら、分かるかもしれない。
母は、祖母に「圧倒的な味方」でいてほしかった。
常に体温低めの祖母の気持ち、言葉や文字になっていない胸の奥の思いが、毒母には想像することが難しかったのだろう。
自分の目に見えているものがすべて、相手が言葉にしたことがすべて、という自己軸のみが判断基準である母は、クールでドライで言葉少なめの祖母から愛されていないと思っていたのだろう。
その反動はわたしや弟、父。習い事やパート先でできたというご友人方に対しても同様に牙をむいた――。
医者家系の7番目の末っ子として生まれた祖母は、合理的で現実主義者だったと思う。祖母から迷信に絡めて叱られたり諭されたことが一度もない。
たとえば、「夜に口笛を吹いたらヘビがくるよ」とか「夜に爪を切ったら親の死に目に会えなくなるよ」とか。そういったことを祖母は言わなかった。
「みんな疲れてるから、夜は静かな方が嬉しいのよ」とか、わたしたちの両手を優しく包んで「おばあちゃんは老眼だから、夜になると爪なのか指なのか見えにくいの。怪我をさせちゃうかもしれないの。そしたらまたあの子(毒母)がヒステリーを起こすから朝か昼に切りましょう」などと言う。
そんなリアリストな祖母には、たぶん、不思議な力があった。
けれど親や兄弟にも医者が多い家系だったから"そういったこと"は口に出してはいけないと教わり育ったのだと思う。

祖父母の家にステイしていた夏の夜、21時前だった。
祖父と弟がいつものように仏間に布団を敷いて眠る準備をはじめると「騒がしい夜になると思うから、もう少し起きていたら?」と祖母は言った。
祖父母とわたしと弟は居間でクイズ番組を視聴することにした。1/3だけ解放した雨戸から青い匂いの夜風が入り込んで、夏休みがいつまでもいつまでも終わらないことを願った。
「救急車だ!」
立ち上がったのは弟。祖父の耳にはまだサイレンが届いていないらしく「ほんとか?」なんて言ってる。
「こっちにくるよ!」
不謹慎にも興奮した面持ちの弟をたしなめ、「騒がしい夜になると思う」と言った張本人の顔色をうかがう。
どうして分かったの、おばあちゃん。
空になったピンクレディのカップと、大戦隊ゴーグルファイブのカップを手に祖母は台所へ消えていった。
こういったことが祖母の傍にいると時々あった。けれど彼女の血を受け継いだ現実主義なわたしは「きっとすべて説明のつく出来事なのだろう」と片づけていた、6年前までは。
それは、祖母の死から半年と経っていなかったと思う。
早春を思わせる鶯色のシャツを着た祖母が3夜連続で夢に出てきた。白いハンカチを右手に持ち、わたしに何かを伝えようとしているようだった。
あまりにもわたしが「なに? 話してくれないとわかんないよ」と言うせいか、4日目にはしびれを切らしたらしき祖父まで出てきた。
祖母の握るハンカチを雑に奪い取るとわたしの目の前に突き出して「これで拭いてあげなさい」と言って、2人は光の中に消えた。
祖母の握るハンカチを雑に奪い取るとわたしの目の前に突き出して「これで拭いてあげなさい」と言って、2人は光の中に消えた。
誰の涙を……?
祖母が息を引きとる1週間前、養老ホーム近くの高架下で弟と話したことを思い出す。新しく就いた上司とそりが合わずつらいのだと言っていた。
弟に直接連絡をとるより、義理の妹にたずねた方が良いような気がしてLINEを入れた。
「あの子、もしかして職場で辛い思いをしているんじゃないですか?」
「……どうしてですか?」
「おばあちゃんが夢に出てきて、これであの子の涙を拭いてあげなさいってハンカチを差し出してきたの」
「本人から電話をさせます、お義姉さん……ありがとう」
独裁的な新しい上司の下で適応障害から鬱状態が見られるようになり、カウンセリングに通っていた弟は、その後、元の上司のご尽力もあって部署をかえていただき現在も元気に会社員をやっている。
この出来事をきっかけに、祖母は「なにかあると」夢に出てくるようになった。わたしが見たくて見ているただの夢だと思う反面、それにしてはピンポイントだしな……と納得させられそうになることも多い。
先代の犬が亡くなってからは、祖母の足元には"あの子"がいるようになった。祖母とあの子は「伝えたいことがある時」にたいていセットで夢に出てくる。
すべて気のせい。
見たくて見てる夢。
会いたさがこんな夢を見せているだけ。
そう思ってる。だって、わたしは概ねリアリストだから。
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昨年の8月、初めて足を運んだ占いブースでわたしの右手相を見るなり彼は言った。
ずいぶんと辛い思いをなさった10代ですね。でもいつもおばあさんが守ってくれていたんですね。今もすごく気にかけてくれているようですよ、縁がすごく強い。茶色と白の…さつまいもくらいの大きさのなにかを感じるんですけど……これはなんでしょうね?
――尻尾だと思います
「ああ、わんちゃんですかね」
手相でそんなことまで視えるんですか?
「いえ、僕は視えません。感じるだけです」
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(つづく)