高齢親 免許返納 説得方法 毒親 高齢ドライバー (9)


「あなたって本当にお金に対する執着しかないのね、自分の置かれてる立場をまるで分かってないんだね。悲しいわ。悲しいです」

70代半ばの実父に向けて、6回も言い放っていた。








高齢ドライバーの親は小さな嘘を重ねて中くらいの事故を隠す

高齢親 免許返納 説得方法 毒親 高齢ドライバー (5)


録音した3時間の『免許返納のための話し合い』の記録を、4日間をかけて聴きなおした。子どもの頃は間違いなく大好きだった父が、そのたびに他人になっていった。

年齢を重ねていく自分を可哀想だと思ったことはこれまで一度もなかった。けれど父を見ていると、老いることは悲しいことなのかもしれないと思えてしまった。

姉であるわたしとは違い、終始落ち着いて父を説得している弟。父の理解不能で嘘にまみれた言いわけすらをも、“いったんは”受けとめている。

そんな彼ですら、小さくため息をつく瞬間が何度かあった。

「10分前に言ってたことと、真逆の発言をしてることに気づかないの?」「幼稚園児ですらおかしいと気づくような矛盾を、自分が言ってる自覚はある?」――弟が必死の思いで飲みこんだ言葉を、わたしは引き受けていた。


「俺ね、どこからどこまでが本当のことなんだろうと考えながら、父さんの話を聞くのはもうやめた。すべて嘘だと思って話を聞いてる。それでもあえてたずねるよ、いったなにが本当?」

さすがの弟も限界が近いのか。
 子どもの頃、リビングで罵り合う両親の声がやっと止んだかと思ったら、母のすすり泣く声が壁を伝ってきた。
 両手で耳を塞ぎ、この時間が早く過ぎてほしいと耐えていた弟の横顔を思い出す。





加害者にならず被害者になってくれたら、と願ってしまう

高齢親 免許返納 説得方法 毒親 高齢ドライバー

父とわたしと弟の話し合いは一向に前に進まなかった。
いかに自分が運転に自信があるかを述べる父に、弟は言った。

「誰もが自分が事故を起こすなんて思ってない。でも歳をとると、頭の中の思いと運動能力にずれが生じる。だから事故を起こす。
 父さんもそうでしょ? 父さんもそうなんだよ、まだ認められない? この2ヶ月で何度“失敗しているか”父さん自身がいちばん分かっているはずだよ」

父は目を閉じていた。弟の言葉など、父にはまったく響いていないだろうとわたしは思っていた。

「分かってるよ、だからまだ大丈夫だと思ってる」

ほらね、なにひとつ響いてない。
 とはいえ父もさすがに気まずいのか「足の筋肉も落ちてきてて、こんなによたよたと歩くようになったお父さんが車を手放して道を歩いてたら、それこそ車に撥ねられるよ」と笑った。

「撥ねられてほしいわ、そして二度と息を吹き返さず目も覚まさないでほしい。心からそう願います。あなたが加害者になるより、遺族になりたい。そんな気持ちにさせたあなたが心から憎いです」

心の中のつぶやきのつもりが声に出ていた。抑揚のない平べったい声は、間違いなくわたしの喉から発せられていた。



かなしい嘘とわびしい録音

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「もう一度聞くよ、借金はどれだけあるの。何人の方にどのくらい借りているの。年金で十分に食べていけるはずなのに『これでは足りない』という理由を俺達が納得できるように言ってくれ。これが最後だよ」

――弟はボールペンとため息をテーブルに置いた。

深く背もたれに身体を預け、目を閉じていた父が前のめりになった。両手をテーブルに置いて大きく息を吸いこみ、重大な秘密を打ち明けるように上目遣いでわたしと弟を交互に見やった。

今から、大きな嘘をつくつもりなんだ。
昔みたいに。あの頃と同じように。お父さんは嘘つきだと知ってしまった幼い頃のあの日みたいに。


*

「借金をしてるのは実は俺じゃない。共同経営者のBさんなんだ。お金も貸してる。会社のお金も使ってるかもしれない。

だから俺が働いて補てんしなければいけないんだ。
だから車も免許も今は手放せないんだ。代車はかえせない。

事務所を閉じればいいだけだと君たちは思うだろうけど、俺もBさんにそう言ったけど、Bさんが首を縦に振らないんだ。
 共同経営者だからね、俺の一存でどうこうはできないよ。週明け、Bさんと話し合ってみるから時間をくれないか」

*

――最終的に父は必ず共同経営者のBさんに責任を押しつけると思う。そうなれば、こういう出方をしましょう――弟と事前に打ち合わせていた。


分かったわ、先日Bさんから万が一にと連絡先を教えていただいたいたからこのあと電話をして確認します。

 父さんに借りたお金をいつ返済して下さるのか、Bさんのご家族も交えてこちらで話を決めるわね。高齢者同士、時間もそうないのだから返済計画をしっかり立ててもらってくるわね。お父さんのために。

 今日は土曜日だからBさんの奥さまも、息子さんご家族も一緒にいらっしゃると仰っていたし。

あとね、あなたは嘘つきで言ったことを言ってないなどと平気で言うから念のためにと思ってすべて録音しています

 今日だけじゃないのよ。あなたにお弁当を持って来る時はいつも、事務所のドアの前で録音スイッチを押していました。

 二重三重にバックアップをとって保存しています、過去に留守番電話に入れられたメッセージもデータとして移し替えてすべて証拠として残しています。

あなたは嘘つきで、自分を守るためなら平気で人を陥れるから。


👦「……まともな話し合いにならなくて残念だった」
「じゃあ行きましょ。とりあえずうちの家からBさんに電話を入れてアポを取りつけましょう」
👦「さよなら父さん。よく考えてね、自分の身の振り方を」



押してダメなら引いてみよう、30分で決まった免許返納

高齢親 免許返納 説得方法 毒親 高齢ドライバー (10)


父の事務所を出て30分後、わたしのiPhoneに着信があった。

発信者は予想通り父だった。電話に出ずにいると留守電にメッセージが残されたことを報せる通知が入った。

👦「免許返納することにしたから! かな?」
「だからBさんには連絡しないでくれ!」
👦「代車もかえす段取りしたから! も追加」
「……これ全部だとしても、悲しいね」
👦「だな……」

机の上に置いたiPhoneが、父からの二度目、三度目、四度目の着信とメッセージを預かったという通知でずっと震えている。

「やっぱり証拠ってとっておくものね」
👦あの人の言ってたこと……守っててよかったね」

自分の身を守れるのは自分だけだから、とれる証拠はすべてとって「もう大丈夫」と処分せず、ずっと残しておくように。

――そう言ってわたしたち姉弟を守ってくれた、遠い昔のわたしの大人の恋人。はじめてわたしの身体に触れた日、母からの虐待の痕が散らばる全身を彼は怒りに震えて撮影した。

「いつかこれが君を守ってくれると思うから、ずっと持っておけ」


「留守電聞いてみようか」
👦「うん……」

  • 火曜日に代車を引き取りにきてもらうことにした。
  • その週に免許返納を済ませることに決めました。
  • 自分の人生だから、君たちの手を煩わせることなくBさんには自分で話すことにした。
  • だからもう心配いらない。
  • 電話に出てください。

👦「4回とも同じこと言ってる」
「Bさんへ連絡されると嘘がバレるもんね」
👦「お姉ちゃんが電話に出ない限り、まだまだかけてきそう」
「あ、またかかってきた」
👦「父さんの免許返納に俺同伴するわ。信用できないし。再取得、再交付させないようにしなきゃいけないからその説明も一緒に聞いてくるよ。手続きが必要ならそれも済ませてくる。いいよね?」



こうして高齢者である74歳の父の免許返納は、急転直下で片付いた。代車も引き取りに来ていただき、2台分契約していた事務所の駐車場も今月の20日を以て1台分の契約となる。

よほどのことがない限り、父が自動車事故の加害者になることはこれでなくなった。周囲の方から「立派」「よく覚悟なさった」と言われることが嬉しいのか、父は自ら免許返納を済ませたことを吹聴しているらしい。

父に関する、クリアしなければならない4つの課題

  1. 免許返納をさせること
  2. 新車を購入させないこと
  3. 自宅を手放すこと
  4. 施設に入居すること

このうち(1)(2)が一気に片付き、(3)(4)についても父の「了承」は一応取り付けたというのに――今後書きます――気持ちがすっきりしないのはどうしてなんだろう。

世の中はauの通信障害のニュースに溢れていた。Y!mobileユーザーのわたしは高みの見物をしていた。
けれど、まるで人生のデトックスが同時進行しはじめたみたいに、わたしの泣きっ面は次々に蜂に刺されていく――。