このところの精神的疲労がたたったせいか、5分とたたず入眠。ぐっすり7時間後に目が覚めた。ヘッドボードに置いたiPhoneに手を伸ばし時間を確認すると深夜3時をまわったところ。
LINEのアイコンに赤バッヂが1つ、通知を報せていた。
ビーの元飼い主さんのブログを遡ると、赤ちゃん時代のビーについて書かれたすごく笑える日記がありました。こんな面白い話を伝える相手がいないことを、とてもさみしく感じました。感謝したことも、ありがたく思わなければならないこともたくさんあったのにそういうことを忘れて、あまりに一方的な行動をとったことを謝ります。すみませんでした。
7時間前に送信したLINEに、9分前に返信が届いていた。
「こんばんは、夜分にすみません」の挨拶ではじまったリプライには、愛犬ビーの元飼い主さんのブログに掲載されていたパピー時代のビーの写真と動画は“すべて”スマホに保存済みであると書かれてあった。
けれど、日記の内容についてはほとんど目を通していなかったらしく「ビーらしいエピソードで微笑ましいです」と続き、「酷暑が続きますが体調ご自愛くださいね。ありがとうございました」と締められていた。
これはなんだろう。
わたしは小奇麗に拒否られたのだろうか。
それとも復縁ほやほやってこんなものなんだろうか。
それとも、この模範的返信の奥には“強烈な怒り”が隠されているのだろうか。
うーん、よくわからん。
言葉づかいがよそよそしいのは、彼の“癖”なので気にするまいとして――LINEはたいてい丁寧語――ビーの画像や動画はすべて取り込み済みという相変わらずのストーカーっぷりも気にしないとして、
振られた側が、自分を振った相手に送る返信ってこのくらいの「距離感」があるのがふつうなのだろうか。
わたしが言えることではないのだけど、もやもやが残る。
タロットリーディングの結果はいずれも「彼は未練たらたら」「彼にとってあなたは愛のすべて」といったものだったけれど、まったく以てそのような印象を受けなかった。
けれど、素直に謝れたことはわたし自身をフラットにさせた。
「ありがとう」と「ごめんなさい」を言える大人でいよう。
文章にするととても陳腐で子どもじみているけれど、大人になるほどこの2つの言葉の手前にプライドの戸を立てて、自爆しているオトナたちを多く見てきた。
実際にわたしも「今さら謝ったとて……」と一瞬は躊躇もした。だらだらと言いわけを並べず素直に謝れたことで、気持ちはずいぶんと軽くなった。
あとはなるようにしかならない。
これでダメなら仕方ない。
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――最後のLINEからとくに発展もないまま、間もなく日付がかわろうとしていた。タオルドライ後の髪を乾かすべく洗面所に向かおうとソファから立ち上がると、“鳥のさえずり”が通知を報せた。
ビーが使っているドッグケージ(犬の檻)やキャリーバッグ、フードボウルのブランド名、あると便利なお勧めの犬用グッズを教えてほしいと書かれてあった。
ふつうに考えれば、あと数分で24時になる週末の夜にわざわざLINEで質問する内容ではない。明日の朝に犬を迎えるというなら話は別だが、彼はそんなふうに無計画に動くタイプの人間ではない。
「こんばんは。何犬を飼うんですか? わたしに聞いてこられたのでビーと同じ犬種か、中型犬だろうとは思うのですが念のため」
「ビーと同じ犬種です」
そこからおよそ1時間、“鳥のさえずり”は深夜のリビングを埋め尽くし、朝6時半にもう一声鳴いた。
会話の内容は一貫して、犬。彼が飼いたいと考えている新しい犬との生活に必要な物や注意点絡み、のみ。質問されて、わたしが答えるの繰り返し。
時計を見るとあと15分で正午になろうとしていた。
途切れていた時間を埋めていくみたいに、絶対に途切れることのない犬の話題を彼は選んだのかもしれない。ふとそう思った。
そしてそのチョイスは、間違いなく正しかった。
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